白髪染めをしない=自分らしさの件

 年齢と共に誰しもが関わらざるを得ない白髪問題。ボタニカルエアカラーフォーム

染めたり分け目を変えたり、どうにか隠しながら暮らす人がほとんどかと思う。

そんな中、近頃は白髪を隠さずに白髪でエイジングを楽しもう、それも美の一つ、ありのままが良い、みたいな風潮か流行か、著名人の発信や巷でみる雑誌のトピックでも見かけることが増えたと感じる。

 でもね、どの媒体で見るモデルとなる方の顔つきや体型はやっぱりしゅっとしてたり目鼻立ちがはっきりしていたり、もうこれは髪の色どうこうじゃなくて、もともとのポテンシャルがあってこその白髪スタイルでも美しいということではないのか、ベースがあるから選べるだけのことじゃないのか、そんなことを思うのです。

 筆者自身、小学生に上がるころにはすでに人目が気になる程度の白髪があり、翠の黒髪は幼少期で終わりを告げるという完全にワードとかみ合わない若き日の思い出がある。大人になればそれなりに白髪というキーワードが当たり前になるけれど、一度でもこの白髪をそのままで生きてゆこうと思ったことはない。まだ、ない。もちろんやらなきゃわからないじゃない、という思考の元実験的に染めないで数カ月過ごす、みたいなトライもしたこともない。なぜならもうすでに絶対的なイメージがあるから。そう、顔立ち問題がまず第一に立ち上がる。目や輪郭が丸く、鼻も小さい漫画みたいな顔つきの大人にそのようなスタイルが似合うわけがないのだ。さらに、いくら白髪が多くてといえど、きれいなシルバーグレイでもなければ地毛の黒髪と良い感じに混ざり合って見栄えが良いわけでもなく、ただ、ある程度の白髪が、黒髪に混ざって目立っている、そういう状態なのだから。それを放置して美しく見えるわけがない。結果的に清潔感を取る方向で染める行為を選ぶのだ。

 白髪が頭部全体でグレイになる程あり、顔立ちがはっきりしていて体型もしゅっとしている、そういう土台をお持ちの方のみに与えられる特権ともいうべき白髪そのままヘアスタイル。筆者は否定しないし、なんなら羨ましくもある。それでも、自分らしくエイジングを楽しもう、もう白髪染めなんてやめようよ、的な宣伝はちょっとお腹いっぱいになっているのでもういいかな、そんな今日この頃。

 自分が心地よいスタイル、好きなスタイル、客観的に似合うスタイル、健康や思想にそったスタイル、どれも良いんじゃないかなと。

 ただ私自身、早いことプラチナホワイトになる日が来てほしいわぁとか、そんなことを思いながら今日も美容院に向かう。

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